「アートは衝動なんです。表現せずにいられないというか……。」
彼はそういって笑った。人間には三大欲求がある。食欲・睡眠欲・性欲・・アーティストにはそれに加えて表現欲求が加わり四大欲求になるらしい。
今回私は自分のパートナーであるデジタルアーティスト川村ひでき氏に話を聞いた。第三者の視点からアーティストとしての彼を知りたいと思ったからである。
歯車を使った少しシュールでファンタジックな世界観が人気の作家である。筆で色を重ねるかのように自分の表現を求めて緻密に作りこむ。Photoshopのレイヤー(1)を100以上重ねる場合もあり、気の遠くなるような作業工程にまるで職人だと言われることも多い。
「若い子がPhotoshopでこんなことができるんですねと驚いてくれるのが嬉しい」と無邪気に笑う。デジタルアートは数多あるが「こういうデジタルアート」は初めて見たと言われることも少なくはないのだそうだ。
作品を作り始めたきっかけはSNS。アーティストの友人たちの作品投稿をみて自分もやってみたくなったという。展示会に出し始めて今年で10年ほど。ダリやマグリッドが好きだったからか、最初はシュールレアリズムを意識したコラージュ作品を作っていた。その後トレードマークの歯車を使った作品を作るようになった。
「もともとスチームパンクの世界観が好きだったので歯車を使ってみたら意外と気に入ってしまって。最初は歯車の写真を使ってたのですが、イラストレーターで歯車を作り始めたら凝りはじめてしまってどんどん複雑なものになりました。回してみたいと言われることもあります。」
なぜスチームパンクが好きなのか聞いてみた。
「なぜ?なんか好きなんですよね。ああ、SFが好きだったのもあるかも。海底二万マイルのノーチラス号とかキュンとしませんか?そのころの挿絵がそんな感じだったからかもしれない。」
若い頃はハヤカワのポケット文庫の初版本を探しに神田の古本屋を廻っていたそうだ。
本人曰く凝り性らしいのだが、できた作品に対する重さはなぜかあまり感じられない。
「僕は作品に特に意味を持たせていないんです。逆に意味を持たせたくない。見た人が想像してくれたものでいいんです。」
「自分の生み出したものを見てくれ、買ってくれってアーティストって承認欲求の塊ですよね。」とあっけらかんとしている。
承認欲求という言葉すらナチュラルに聞こえる。
「表現には表現したいことで手法を選ぶ場合と手法に合わせて表現する場合があると思うんです。僕は手法に合わせることが多いですね。」
彼にとって自分の作品は、モニターの中のものを出力するまでなのだそうだ。
「よくデジタルだからは?と聞かれるんですけど僕にとってそれは違うといか・・・。」
「同じ作品でも紙、時にはプリンターによって全然色の出方が違うので難しいんですよ。そこをどう調整するかが腕の見せ所です。」
例えば、紙が合わないと濃く深い青を出そうと思っても色が浅くなってしまったり赤みが出てしまったり、逆に全体的に暗く沈んでしまったりと、一筋縄ではいかないのだそうだ。紙がピタっとハマると画面の中で見えていた以上のものが生まれる。作品の中にはまるで立体のように見えるものや螺鈿のように輝いて見えるものもある。印刷すれば終わり、ではなく、印刷も又一つの経験がなせる技なのだ。
最近は印刷方法を変えることにも挑戦してみたそうだ。7月の展示会では、「デジタル×活版印刷」と銘打った線画のシリーズが好評だった。複雑な歯車の重なりが極細の線で繊細に表現されていて美しい作品だ。製版できる限界まで線画の線を細くしたそうだ
「活版印刷は予想以上に自分の作品との相性がよかったですね。あえて活版というアナログなツールを使うってクールじゃないですか。ラインはとことん細くした方がかっこいいなと思って製版の際に無理を言いましたがいい感じにできました。」
今後はリソグラフ、リトグラフやデジタル版画にもチャレンジしてみたいと意欲的だ。
AIについても聞いてみた。
「いつかAIに脅かされていた時代があったよねっていいながら上手く共存しているような気がしますよ。」とさらりと言う。
「今までは既成の写真を使うしかなかったけどAIのおかげでより自分らしい表現が可能になりました。怖がって使わないのはもったいないかな。」
「アーティストというか表現者、クリエイターでありたいと思うんです。」
「でも、いい加減デジタルアーティストという肩書から離れたいんですよね。デジタルは表現方法のひとつなだけなんで。」と最後に締めた。
インタビューを続けているうちに、アーティストとして話す彼がなんだかかっこよく見えてしまったのが嬉しくもちょっと悔しい。でもファンのひとりとして一番間近で見ることができるなんて最高ではないか。
(1)レイヤーとは
画像を構成する1枚1枚のシートのこと。画像、背景、文字などさまざまなレイヤー(シート)が重なって一つの画像になる。